東京地方裁判所 昭和60年(ワ)8547号 判決 1988年2月15日
原告
森恭子
右訴訟代理人弁護士
髙中正彦
被告
株式会社講談社
右代表者代表取締役
須藤博
被告
寺島昭彦
被告
伊藤寿男
以上三名訴訟代理人弁護士
伊達秋雄
同
的場徹
主文
一 被告らは、原告に対し、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を、表題の「謝罪文」とある部分は明朝体一二ポイント活字とし、本文は明朝体一〇ポイント活字として、週刊誌フライデー誌上に縦六センチメートル、横七センチメートルの大きさで一回掲載せよ。
二 被告らは、原告に対し、各自、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、別紙(二)記載のとおりの謝罪広告を、表題の「謝罪文」とある部分並びに末尾の「株式会社講談社」、「編集人寺島昭彦」、「発行人伊藤寿男」及び「森恭子殿」とある部分はそれぞれ明朝体一号活字とし、本文は明朝体五号活字として、週刊誌フライデー二頁目に縦二四センチメートル、横一八センチメートルの大きさで掲載せよ。
2 被告らは、原告に対し、各自、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(当事者)
(一)(原告)
原告は、昭和五三年新潟県立中条高等学校を卒業後、訴外東京デザイナー学院に在籍中これを中退し、昭和五五年東京都中央区銀座所在の訴外株式会社ジュンという洋品店に勤務し、昭和五八年三月ころ同店を退職するとすぐ東京都新宿区高田馬場所在のスナック「ミヤビ」にアルバイトとして勤めたが、昭和五八年六月、訴外株式会社トヨタ・ゴールド(以下「訴外トヨタ・ゴールド」という。)が銀座店を開店するに際して同店に勤めることとなり、昭和五九年一一月一日付けをもつて同店店長三級主任を命ぜられ、昭和六〇年六月二七日まで同店に勤務していたものである。なお、同店には原告のほか一名の女性が勤務し、宝石及び貴金属装飾品の店頭販売又は職域販売に従事していた。
(二)(被告ら)
被告株式会社講談社(以下「被告会社」という。)は、雑誌及び書籍の出版等の事業を目的とし、週刊誌フライデーを発行している会社である。
昭和六〇年七月当時、被告寺島昭彦(以下「被告寺島」という。)は同週刊誌の編集人として、被告伊藤寿男(以下「被告伊藤」という。)はその発行人として、それぞれ被告会社においてその職務を担当していたものである。
2(本件記事の掲載)
被告寺島及び同伊藤は、共同してその責任において、週刊誌フライデー昭和六〇年七月一二日号に、「闇に消えた2千億円預かり金と7千人従業員」、「惨殺された豊田商事永野会長に二人の「妻」と子が……」との見出しの下に、原告に関する写真入りの別紙(三)記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
3(名誉毀損)
本件記事は、その文中の「単に永野の愛を受けていただけでなく「豊田悪徳商法」のパートナーでもあつた」等の表現をもつて、原告が訴外豊田商事株式会社(以下「訴外豊田商事」という。)の会長であつた訴外永野一男(以下「訴外永野」という。)の愛人であり、同社の経営に深く関与していた「東京の女」であると断定している。
右のような内容を記載した本件記事の掲載によつて、原告はその名誉を著しく毀損された。
4(被告らの責任原因)
被告寺島及び同伊藤は、週刊誌フライデーの編集及び発行に携わる者として、その影響の大きさにかんがみ、記事の作成に当たつては他人の名誉を毀損することのないような厳重な注意を払うべき義務を負つており、また、被告会社も、出版事業に携わる会社としてその被用者の行為によつて他人の名誉を毀損することのないようこれらの者の選任監督につき注意を払うべき義務及び他人の名誉を毀損する記事が掲載されている雑誌を販売することのないよう注意すべき義務を負つている。
しかるに、被告らは、本件記事掲載に際し、右の各注意を怠つた。
5(損害)
本件記事の掲載によつて原告はその名誉を著しく毀損されたばかりでなく、本件記事は、いまだ二十代の未婚の女性である原告の将来に決定的な打撃を与えたものであつて、原告の右精神的損害を慰謝するには五〇〇万円が相当である。
6 よつて、原告は、被告会社に対しては民法七一五条、民法七〇九条、七二三条に基づき、被告寺島及び同伊藤に対しては民法七〇九条、七二三条に基づき、請求の趣旨記載のとおりの謝罪広告の掲載並びに慰謝料金五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である昭和六〇年七月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1(一) 請求原因1(一)のうち、原告が新潟県出身であること、上京後洋品店に勤務していたこと、スナック「ミヤビ」で働いていたこと、その後訴外トヨタ・ゴールドに入社し同社店舗の店長となつたことは認め、その余は不知。
(二) 同1(二)は認める。
2 同2のうち、週刊誌フライデー昭和六〇年七月一二日号に本件記事が掲載されたことは認める。
3 同3のうち、本件記事中の原告が引用する部分の内容は認め、その余は争う。
4 同4のうち、被告らが週刊誌フライデーの編集及び発行に当たり他人の名誉を毀損することのないよう厳重な注意を払うべき義務を負担していることは認め、その余は争う。
5 同5は争う。
三 抗弁(被告ら)
1(事実の公共性及び目的の公益性)
(一) 本件記事は、訴外豊田商事の会長であつた訴外永野をめぐる女性関係を記述したものであり、フライデー誌上で続けてきた訴外豊田商事とその商法に対する批判的連載の一環として掲載されたものである。すなわち、訴外豊田商事とその系列グループ(以下「訴外豊田商事グループ」という。)は、訴外永野らにより昭和五六年に設立されて以来、顧客の弱みにつけこむ巧妙な商法によつて短期間に急激な発展を遂げ、最盛期には一四〇社を超える関連会社と総額二〇〇〇億円ともいわれる集金力を有し、社会的な勢力としての実体を形成するに至つていた。しかしながら、その商法の実態は、老人等の社会的弱者層を対象とした詐欺的手法を駆使しての強引な金集めにほかならず、訴外豊田商事グループの発展と繁栄は反社会的商法に支えられた虚像にすぎなかつた。被告会社フライデー編集部は、写真報道誌の特徴を生かしつつ、訴外豊田商事とその商法に対する社会的批判の一翼を担い、この虚像の実態を国民に対して暴き出し、未曾有の被害者を生み出した悪徳商法の根絶を願う立場から、いわゆる豊田商事問題(以下単に「豊田商事問題」という。)の記事を取り上げてきた。
(二) 訴外豊田商事及び同グループの虚像の解明を進めるために、同グループの総帥であり同グループを代表する象徴的存在である訴外永野の人物像の解明を避けることはできず、この発展を支えた総責任者である訴外永野の行状もまた豊田商事問題と一体のものとして解明されるべき対象であつた。そして、被告会社フライデー編集部の取材によつて、青年実業家として活躍してきた訴外永野の実生活には乱脈な異性関係が存している事実が判明した。同編集部としては、訴外豊田商事グループ及び訴外永野に対する批判的報道においては、当然のことながら、訴外永野の乱脈を極める女性関係を取り上げざるを得ず、これをもつて一社会人としての訴外永野のあり方について懐疑と批判の視点を読者に提供してきた。本件記事に付された「永野会長に二人の「妻」と子が…」との見出し及び「32歳の総帥は「行く先々に女あり」と」との小見出しは、この被告会社フライデー編集部の一貫した報道姿勢を率直に表現するものである。
(三) 以上のとおり、本件記事の対象は、個人の私生活上の行状ではあるものの、訴外永野の訴外豊田商事グループ内における地位、同グループ商法の反社会性、被害の大きさ及び社会的関心の高さにおいて、公共の利害に関する事項となることは明らかである。
また、本件記事は、訴外豊田商事グループとその総帥である訴外永野の実相を解明し、悪徳商法の根絶に向けての国民的批判を加えるという公益目的をもつて執筆、掲載されたものと評すべきである。
2(本件記事内容の真実性ないし真実性を信ずるについての相当の理由の存在)
(一)(原告と訴外永野との間の男女関係について)
(1) 昭和六〇年六月一八日訴外豊田商事グループの総帥である訴外永野が惨殺されたことを契機として、訴外永野の実生活とりわけ同人の乱脈な女性関係の実情に国民の関心が集中した。各報道機関はこれを精力的に取り上げ、こうした動きに応じて、被告会社フライデー誌編集部には、訴外豊田商事関係者らから訴外永野の女性関係に関する多数の情報がもたらされた。同編集部は、もたらされた各種の情報の中でも確度が高いと思われる情報につき、編集部員、取材記者を逐次投入して、情報源からの直接取材と裏付取材に努めたところ、複数の極めて確度の高い情報源から、訴外トヨタ・ゴールドにおいて訴外永野の愛人として優遇されてきた女性として原告の氏名を特定するに足りる取材結果がもたらされた。とりわけ、原告と極めて親密な交際関係にあつた取材源からは、原告が東京都新宿区高田馬場のスナック「ミヤビ」に勤務していたときの状況、「ミヤビ」から訴外トヨタ・ゴールドへ入社した経緯、訴外永野との男女関係の実情等について具体的かつ詳細な証言が得られ、それに沿つた裏付けも得ることができた。
(2) また、同編集部記者による原告本人からの取材は昭和六〇年六月二五日東京都港区六本木の路上において行われたが、その際原告本人は、訴外永野との男女関係について何ら否定しなかつたばかりでなく、初めての取材であつたにもかかわらず、訴外永野との男女関係の有無の確認に触れること自体について感情的に反発するといつた極めて不自然な対応に終始した。さらに、同編集部は、原告本人からの再取材を行つたが、男女関係を否定する旨の供述はなかつた。
(3) 以上のような取材の経緯をふまえ取材内容を各方面から検証した結果、被告会社フライデー誌編集部は原告と訴外永野との間の男女関係を認定し本件記事の作成に至つたものであつて、右の関係を摘示した本件記事内容はすべて真実である。
また、仮に、本件記事において摘示された事実の中に真実に反する部分があるとしても、被告らには、本件取材の経緯に照らし、右事実を真実であると信ずべき相当の理由があつたものというべきである。
(二)(「悪徳商法のパートナー」の表示について)
原告が勤務していた訴外トヨタ・ゴールドは、訴外豊田商事グループの一翼を担い、訴外豊田商事と一体となつていわゆる「豊田商法」を支えた中核的企業であるが、原告は、同社の中で特に優遇され、訴外豊田商事東京本社の一階にある訴外トヨタ・ゴールド銀座店の店長を勤めた同社の幹部であつた。
被告会社フライデー誌編集部は、本件記事において、そうした原告の社会的地位を「悪徳商法のパートナー」として豊田商事の経営に深く参画していた旨表示したものである。
四 抗弁に対する答弁
1(一) 抗弁1(一)のうち、本件記事が訴外豊田商事に対する批判的連載の一環として企画・掲載されたとの点は否認し、その余の訴外豊田商事の内容及び被告会社の記事の意図は不知。
本件記事のうち原告に関する部分は、当時社会問題となつていた豊田商事問題に名を借り、読者ののぞき見的好奇心を満足させるためのものであり、同問題に対する批判とは全く無関係である。
(二) 同1(二)は不知。
(三) 同1(三)のうち、訴外永野の私生活上の行状が公共の利害に関する事項であるとの点は不知。本件記事が公益目的をもつて執筆、掲載されたとする点は否認する。
原告に関する本件記事は、その内容が公共の利害に関しないのはもちろんのことであり、また、何ら公益目的をもつて執筆、掲載されたものではなく、前記のとおり、読者ののぞき見的好奇心を満足させる目的をもつて執筆、掲載されたものである。
2(一)(1) 同2(一)(1)は不知。
(2) 同2(一)(2)のうち、原告が被告会社の社員から昭和六〇年六月二五日午後に取材を申し込まれたことは認めるが、その余は否認する。
(3) 同2(一)(3)は否認し、争う。
(二) 同2(二)のうち、原告が訴外トヨタ・ゴールド内で特に優遇され同社の幹部であつたとの点は否認し、その余は争う。
訴外トヨタ・ゴールド銀座店にいた店員は二名であつて、勤務時間の長い原告が必然的に店長になつていたものであり、特に優遇された事実はない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(当事者)(一)(原告)のうち、原告が新潟県の出身であること、上京後洋品店に勤務していたこと、スナック「ミヤビ」で働いていたこと、その後訴外トヨタ・ゴールドに入社し同社店舗の店長となつたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、その余の事実が認められる。
同(二)(被告)の事実は、当事者間に争いがない。
二請求原因(2)(本件記事の掲載)のうち、週刊誌フライデー昭和六〇年七月一二日号に本件記事が掲載されたことは当事者間に争いがない。そして、本件記事掲載当時、被告寺島は同週刊誌の編集人として、被告伊藤はその発行人として、それぞれ被告会社においてその職務を担当していたことは前記一のとおりであるから、以上の事実を総合すると、本件記事は、同週刊誌の編集人である被告寺島及びその発行人である同伊藤の共同責任において掲載、発行されたものであると認められ、右認定に反する証拠はない。
三請求原因3(名誉毀損)について判断する。
本件記事は、別紙記載の内容(当事者間に争いがない。)から明らかなように、掲載した写真の撮影対象について、複数の愛人の「中の一人である“東京の女”M・K子さん(25)。」であるとした上で、「新潟出身で都内の洋品店に勤めていたという彼女が、高田馬場のスナック『M』で働き始めたのが58年の2月。永野会長はよくこの店に遊びにきていた。『彼女が永野を“パパ”と呼ぶ関係に発展するのには、たいして時間がかからなかつた』(店の常連)。」、「ほどなく彼女は豊田商事東京本社1階にあるトヨタゴールドに転職。『入社早々でフロア責任者になつたんです。他の役員との関係も社内では噂されていました……』(豊田商事社員)。単に永野の愛を受けていただけでなく『豊田悪徳商法』のパートナーでもあつた。」等の表現をもつて、原告のイニシャルや経歴などによつて記事の対象が原告であることを明確に特定するとともに、原告が訴外豊田商事の会長であつた訴外永野の愛人であり、同社の経営に深く関与していた「東京の女」であると断定している。
そして、<証拠>を総合すると、右写真は、その撮影対象が原告であることが容易に観取し得るものであると認められる。
右のような記事内容が原告に対する社会的評価を甚だしく低下させるものであることは明らかであつて、本件記事の掲載によつて原告はその名誉を著しく毀損されたものというべきである。
四ところで、一般に、名誉毀損に関しては、その行為が公共の利害にかかわるものであり、専ら公益を図る目的から行われたものである場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときには、その行為は、違法性を欠くものとして、不法行為にならないものというべきである。また、もし、右事実が真実であることが証明されなくとも、その行為者においてその事実を真実であると信ずるについて相当な理由があるときには、右行為には故意又は過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。
本件において、被告らは、これらの不法行為の成立を妨げるべき要件に係る事実を抗弁として主張しているので、以下、被告らの右主張について判断することとする。
1 被告らは、抗弁1(事実の公共性及び目的の公益性)において、本件記事は、訴外豊田商事及び同グループの反社会的商法の虚像の実態を国民に対して明らかにし、未曾有の被害者を生み出した悪徳商法の根絶に向けての国民的批判を加えるため、訴外豊田商事の会長として同グループの総帥であり象徴的存在であつた訴外永野の人物像及び行状を解明するという目的から、同人の乱脈な女性関係を記述したものであつて、フライデー誌における訴外豊田商事の反社会的商法に対する批判的連載の一環として執筆、掲載されたものである旨、及び、そのことを根拠として、本件記事は公共の利害に関する事項を対象とするものであり、公益目的をもつて執筆、掲載されたものであると主張する。
そして、本件記事の編集を担当したフライデー誌編集長である証人武田一美の証言中には、被告らの右主張に沿う供述が存する。
しかしながら、訴外永野の愛人が誰であるか、また、どういう女性であるかというような事柄は、訴外豊田商事及び同グループの反社会的商法の実態とは何ら関係のない問題であり、そのような事柄を指摘することが訴外豊田商事及び同グループの悪徳商法の根絶につながるとは到底考えられないし、また、そうした目的のために訴外永野の人物像及び行状を解明するという観点からしても、右問題に関連する範囲において同人自身の人物像及び行状を指摘すれば足りるのであり、その愛人と目される女性について顔写真入りでしかも対象を明確に特定し得るような記述によつて摘示することがその解明にとつて必要性のあることであるとは到底認められないというべきであつて、被告らの右主張及びこれに沿う前記武田証人の証言は、採用することができない。
前記武田証人は、本件記事に関して、単に訴外永野の愛人というだけではなく、訴外豊田商事グループの系列会社である訴外トヨタ・ゴールドの店舗のフロア責任者という本人の地位の重要性にかんがみて、あえて顔写真入りで対象を特定し得るような記述によつて摘示した旨証言しているが、仮に訴外永野の愛人と目される女性が系列会社の店舗の責任者であるとしても、そのことは、訴外豊田商事及び同グループの悪徳商法そのものとは別段関係のない事柄であり、そのような事柄を指摘することがかかる悪徳商法の根絶につながるとは考えられず、また、訴外永野の人物像及び行状を解明するという観点からしても、さきに判示したところと同様、当該女性について顔写真入りでしかも対象を明確に特定し得るような記述によつて摘示する必要があるとは到底認められない。
以上のとおり、本件記事内容は、豊田商事問題それ自体とは何ら関連のない事柄であつて、その対象とされた事実自体は、豊田商事問題との関連における公共の利害とは何ら関係のない事実であり、また、被告が主張するように訴外豊田商事及び同グループの反社会的商法の実態を解明しその悪徳商法を根絶するという公益目的に出たものと認めることはできないというべきである。
したがつて、本件記事に関しては、そもそも、事実の公共性及び目的の公益性自体を認めることができないのであつて、名誉毀損による不法行為の成立を妨げるに足りる要件の存在を認めることはできないというべきである。
2 次に、原告と訴外永野との間の関係に関する本件記事内容の真実性ないし真実性を信ずるについての相当の理由の根拠として被告らが挙げている情報源及びその提供した情報についてみるに、証人武田一美(本件記事担当の編集長)及び同吉田隆(本件記事担当の記者)は、その証言の中で、主たる情報源として、原告が勤めていたスナック「ミヤビ」の常連の客として原告と個人的に親しい関係にあつた男性を挙げ、その男から、原告の氏名、住所、経歴等と共に原告が訴外永野と親しい関係にあると告げられた旨、また、原告と訴外永野が一緒に写つている中国旅行の際の写真を見たと告げられた旨述べている。また、右武田証人は、その証言の中で、補助的な情報源として、訴外豊田商事東京本社の女性社員を挙げ、その女性から訴外トヨタ・ゴールドのフロア長が訴外永野と親しい関係にあることは社内で公然の秘密であると告げられた旨述べている。
しかしながら、右各証人は、いずれの情報源についてもその氏名等これを特定するに足りる事情を何ら明らかにしておらず、また、被告会社編集部において各情報源及びそのもたらした情報の信用性について第三者に確認するなどの客観的調査が行われたことを認めるに足りる証拠はない。そして、右の情報源の男性が提供した情報に関して、右各証人は、その男性が右情報を知り得た経緯については何ら述べるところがなく、また、右各証人の証言によると、その男性は訴外永野の刺殺事件の直後に被告会社編集部に電話をかけてきて情報を提供したものであり、当初は刺殺された被害者は訴外永野とは別人ではないかとの情報を提供したこと、右の情報が事実に反することはその直後に判明したこと、原告に関する情報は右情報に次いで提供されたものであること、その男性はほかにもいろいろな情報を提供したこと、その後右の男性に対しては情報提供の対価として被告会社から謝礼金が支払われたこと、前記の中国旅行の際の写真とは、その男性の言によれば、訴外トヨタ・ゴールドの企画として同社の社員らが顧客の老人らを同行して中国へ赴いた旅行の際の写真とのことであつたが、被告会社編集部の要請にもかかわらずそれに該当する写真は入手し得なかつたこと、その後のスナック「ミヤビ」における取材の際には原告と訴外永野との間の関係に関する具体的な話は得られなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。また、右の女性の情報源に関しては、右武田証人の証言によると、その女性は以前から訴外豊田商事の純金の証券を買わされていたことについて被告会社編集部に相談を求めていたが、訴外永野刺殺事件の直後になつて突如同人の愛人問題についての複数の情報など多くの情報を提供するに至つたものであること、また、その女性は、原告に関しては、その氏名すら知らず、訴外永野刺殺事件の直後の訴外トヨタ・ゴールドに対する取材がテレビで放映された際に画面に出たフロア長の女性とだけ告げたにすぎないことが認められ、右認定に反する証拠はない。以上の各証人の証言内容及び右認定の諸事実に照らすと、右各情報源の提供した情報はそれ自体極めて信用性の乏しいものというべきであり、また、被告会社編集部において各情報源及びそのもたらした情報の信用性について他の第三者に確認するなどの客観的調査が行われたことを認めるに足りる証拠はない以上、前記証言に係る各情報は、訴外永野との個人的な面識自体を一貫して否定する原告本人の反対趣旨の供述及び弁論の全趣旨に照らし、いずれもにわかに信用し難いものというべきである。
また、被告らは、原告本人の取材の際における言動を問題としているが、右取材の際の状況についてみるに、<証拠>を総合すると、右取材は、訴外永野会長刺殺事件の一週間後の昭和六〇年六月二五日、同事件及び豊田商事問題をめぐつて各報道機関がしきりに報道を繰り返し、右事件を契機として原告を初めとする訴外トヨタ・ゴールドの社員らが自宅待機中であつた時期に、原告とは一面識もない担当の記者、カメラマンらが、事前の約束も本人の了解も得ずに、原告を路上において待ち伏せし、会社への送金のために戸外に出て来た原告をいきなり呼び止め、訴外豊田商事の件について話を聞きたい旨問いかけた(訴外永野との個人的関係に限定した問いではなかつた。)というものであり、これに対し原告は、何の話もない、忙しいからいいかげんにしてほしいなどと言つて足早に去り、取材に応じなかつたことが認められる。証人吉田隆の証言中には右認定と異なる部分があるが、採用することができず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。このような態様の取材に対して原告が拒絶的な態度に出たからといつて、そのことが直ちに原告が訴外永野との個人的関係を認めたことの現れであるということができないのはもちろんであつて、右事実は本件記事内容の根拠となり得ないものというべきである。
かえつて、<証拠>を総合すると、原告は訴外永野との間に個人的な面識は全くなく、ただ会社で遠くから見かけたことが何度かある程度であり、直接話をしたことすらなかつたのであつて、前記各証人の証言に係る情報源の男性とは、原告が勤めていたスナック「ミヤビ」の常連の客の一人で、原告に交際を迫つたが拒絶されたことのある男性であり、その提供に係る情報は、その男性が原告に対する悪感情から虚偽の事実と知りつつ故意にねつ造したものであることの可能性が強い。また、原告本人尋問の結果により前記の中国旅行の際の写真であると認められる甲第四号証の一ないし一〇及び同尋問の結果を総合すると、前記の証言に係る中国旅行の際の写真とは、訴外トヨタ・ゴールドの関連会社である訴外株式会社トヨタ・ツーリストが企画して中国鍼の視察を兼ねて医師らを集めて行つた旅行の際の写真であつて、原告も右会社の店長の誘いを受けて右旅行に同行し、右写真のうちの数枚の中に写つていること、原告はスナック「ミヤビ」でその情報源の男性にそれらの写真を見せたことがあること、しかし、訴外永野は右旅行に同行しておらず、それらの写真の中に同人は写つていないこと、以上の事実が認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、右認定の事実によると、右写真は本件記事内容の真実性の根拠とはなり得ないものというべきである。したがつて、本件証拠上、本件記事内容を真実と認める余地はないものというべきである。
以上のとおり、被告会社編集部は、前記各情報源の提供した信用性の乏しい情報のみに依拠し、その信用性について他の第三者に確認するなどの客観的調査を特段行うことなく、原告本人からも前記のような不十分な取材をしたのみで右情報を真実と断定し本件記事を作成したものであつて、かかる取材の経緯に徴すると、被告会社編集部において右情報を真実と誤信したことについて相当の理由があると認めることはできないというべきである。
そして、ほかに、原告と訴外永野との関係についての本件記事内容の真実性ないし真実性を信ずるについての相当の理由の根拠たり得る事実を認めるに足りる証拠はない。
また、本件記事中の「悪徳商法のパートナー」との表現に関して、武田証人は、その証言の中で、原告が訴外豊田商事の関連会社である訴外トヨタ・ゴールドの店長であつたことをとらえてそのように表現したものである旨述べているけれども、<証拠>を総合すると、原告は同訴外会社銀座店の三級主任(店長)であつたが、三級は主任(店長)の中では最下級であつて経営に関する特別な権限はないこと、同店には三人の女性社員しかおらず、右三人の中では原告が比較的勤続年数が長く年長であつたため、主任(店長)の肩書を付されたにすぎないことが認められる(右認定に反する証拠はない。)のであつて、単に原告が右店舗の店長の肩書を有していたことの一事をもつて原告につき「悪徳商法のパートナー」との表現を付したことは、事実を正確に伝えたものということはできず、記述として相当性を欠くものというべきである。そして、被告会社編集部において右店長の肩書の実質的内容等につき十分な調査を行うことなしに右のような表現を付したことは、明らかに相当の理由を欠くものというべきである。
3 以上のとおり、本件記事に関しては、そもそも事実の公共性及び目的の公益性自体を認めることができないばかりでなく、記事内容の真実性ないし真実性を信ずるについての相当の理由についてもこれを認めることはできず、結局、名誉毀損による不法行為の成立を妨げるに足りる要件の存在を認めることはできない。
五請求原因4(被告らの責任原因)について判断する。
被告寺島及び同伊藤は、週刊誌の編集及び発行に携わる者として、記事の掲載、発行に当たつては他人の名誉を不法に毀損することのないよう注意を払うべき義務を負つているものであるところ、前記のとおりその内容を公表することが原告の名誉を毀損し民事上の不法行為を構成すると認められる本件記事を週刊誌フライデーに掲載・発行したのであるから、本件記事掲載に際し、右の注意義務を怠つたものいうべきであり、民法七一九条の共同不法行為責任を負うものというべきである。
また、被告会社は、その被用者の行為によつて不法に原告の名誉を毀損したのであるから、民法七一五条の使用者責任を負うものである。
六請求原因5(損害)について判断する。
本件記事の掲載によつて原告はその名誉を著しく毀損されたばかりでなく、本件記事は、いまだ二十代の未婚の女性である原告に対して著しい精神的打撃を与えたものであつて、原告の右精神的損害を慰謝するための金額としては一〇〇万円が相当である。
また、本件記事の掲載によつて著しく毀損された原告の名誉を回復するためには、被告らにおいて、週刊誌フライデーに別紙謝罪広告(一)記載のとおりの謝罪広告を、主文第一項のとおりの掲載方法で一回掲載することが相当である。
七結論
右の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を主文第一項記載のとおりの掲載方法で一回掲載すること並びに慰謝料金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である昭和六〇年七月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官新村正人 裁判官近藤崇晴 裁判官岩井伸晃)
別紙(一)謝罪文
本誌昭和六〇年七月一二日号の記事において、いわゆる豊田商事事件に関連して森恭子さんが豊田商事永野会長の愛人であり、経営のパートナーであつた旨の記述部分がありました。しかしながら、右記述は事実に反するものであり、そのために森恭子さんの名誉を毀損し、御本人及び関係者各位に対して大変御迷惑をおかけ致しました。
よつて、ここに右記述を取り消すとともに、深くお詫び致します。
株式会社 講談社
週刊誌フライデー前編集人
寺島昭彦
同誌前発行人 伊藤寿男
森恭子殿
別紙(二)謝罪文
本誌昭和六〇年七月一二日号は、その六八頁、六九頁に貴殿に関する記事及び写真を掲載致しました。特にその記事中貴殿が現在世上を騒がせている所謂豊田商事の会長永野一男の愛人として、所謂豊田悪徳商法のパートナーであつたと断定した部分があります。
しかしながら、これは事実による裏付けの全くない事実無根の記事であり、同記事の貴殿にかかわる部分を全面的に取消しを致します。
当社及び本誌編集・発行人が右のような趣旨の記事を「フライデー」に掲載、頒布して貴殿に対する世人の認識を誤らせ、且つ、その名誉・信用を棄損し、又読者各位に対しましても多大の御迷惑をおかけしたこと誠に申し訳ありません。よつて、ここにお詫びを申し上げますとともに今後はジャーナリズムの使命を自覚し、今後このような行為のないよう努力致しますことをお誓い申し上げます。
昭和 年 月 日
株式会社 講談社
フライデー編集人 寺島昭彦
同発行人 伊藤寿男
森恭子殿
別紙(三)闇に消えた2千億円預かり金と7千人従業員
惨殺された豊田商事永野会長に二人の「妻」と子が……
愛人にまで「パパは怖い人よ」といわせた32歳の総帥は「行く先々に女あり」と
32歳の若さで惨殺された豊田商事・永野一男会長の趣味は、成金趣味を絵に描いたような豪華さだつた。時価数千万円のスーパーカー・ランボルギーニを乗り回し、パワーボートにクルーザー、果ては双発ジェット機まで所有している。むろん、全国からカキ集めた2千億円の預かり金の一部が、こうした道楽に費やされたのだ。
金だけは十二分にあつた人物だから、愛人の数を一人や二人に限定するのはかえつて故人に失礼かもしれない。実際、永野会長の愛人の数は名古屋のS子さん(35)、彼が殺されたマンションに住んでいたM・Tさん(30)らを含め、6人とも8人とも囁かれている。つまり、「行く先々に女あり」だつた。
写真左の女性はその中の一人である“東京の女”M・K子さん(25)。新潟出身で都内の洋品店に勤めていたという彼女が、高田馬場のスナック「M」で働き始めたのが58年の2月。永野会長はよくこの店に遊びにきていた。
「彼女が永野を“パパ”と呼ぶ関係に発展するのには、たいして時間がかからなかつた」(店の常連)。「地味な服装の娘だつたのに、ドンドン格好がハデになつて……」とは「M」のママ。
ほどなく彼女は豊田商事東京本社1階にあるトヨタゴールドに転職。「入社早々でフロア責任になつたんです。他の役員との関係も社内では噂されてました……」(豊田商事社員)。単に永野の愛を受けていただけではなく「豊田の悪徳商法」のパートナーでもあつた。
6月25日夕方、東麻布の高級マンションから愛犬の散歩に出てきた彼女は、取材の記者を睨みつけながら「あなたたちには何もわかつてもらえない」と一言。その彼女は永野を「パパは恐い人よ」と親しい友人に漏らしていた。
―この謎に包まれた男の葬儀が行われたとき、豊田グループ全従業員7千人中、参列者はわずか40名足らずだつた。5年間で千200億円もの金が役員、社員の「給与」に消えるほど、いい思いをしてきた会社オーナーの社葬にしてはあまりにも佗しい光景である。その中で目をひいたのが、コワイ目つきの男子社員にガードされながら、鳴咽する女性の姿(写真上)。このあと、女性は白ぬりのベンツで走り去つた。
死ぬまで戸籍上は独身だつた永野会長は、昨年11月に子供を作つていた。大阪・淀川区に住む元ホステスのF・M子さん(31)との間に生まれた女児が一人。今年4月になつて、永野会長が認知している。19歳で結婚し、2度の離婚歴を持つM子さんが、永野会長と知り合つたのは“東京の女”同様、勤め先キタの高級クラブ「P」だつた。彼の死にショックを受けた彼女は一人娘を連れて身を隠した。
白昼公然と報道陣の目前で殺された男は、2千億円をだましとられた無数の被害者とは別の形で、残された愛人たちをもまた「不幸」にしている。